⦅中津川宿30⦆今昔 中津川さんぽ

更新日:2022年04月21日

中津川宿を歩いてみませんか

中津川宿マップ

中山道と飛騨街道が交差し、交通の要衝だった中津川宿

いにしえから人々が行き交い、この地方随一の商業の町といわれた中津川宿。

その面影は江戸時代からの老舗「うだつ」のある庄屋屋敷などからうかがえます。

ノスタルジックな中津川宿を歩いてみませんか。

十八屋山十間家

中津川村庄屋屋敷 (中津川市指定文化財)

脇本陣

脇本陣と庭

脇本陣上段の間

脇本陣 上段の間

十八屋山十間家

十八屋山十間家 白木屋近辺

中津川宿横町

中津川宿 横町 (中津川市素材集より)

中津川宿下町

中津川宿 下町 (中津川市素材集より)

平成24(2012)年ごろの中津川宿

平成24(2012)年ごろ中山道中津川宿

中津川宿紹介本「中津川宿さんぽ」の付録資料より

「中津川宿さんぽ」は当館にて販売しております。(令和4年4月現在)

 略図二 高札場HP       略図五 前田青邨生誕の地HP      略図六 桂小五郎と「やけやま」HP     略図七 間家大正の蔵HP     略図九 天狗党元綱の墓HP      略図十一 本陣HP     略図十二 脇本陣HP     略図十三 庄屋HP      略図十五 御退道HP      略図十七 枡形HP     略図十八 松霞堂HP     略図十九 十八屋山十間家HP     略図二〇 白木屋HP     略図二一 天満屋HP     略図二三 うだつHP      略図二二・二四 旧中川家と式内恵奈山上道HP     略図二五 丸三間家HP

中津川宿を歩くと、昔の宿場として賑わった古い面影が所どころに残り、過ぎ去った時間や時代を懐かしむ気持ち、ノスタルジーを抱かしてくれます。

宿場に入る手前の急坂を茶屋坂といい、坂の上から街が一望できます。この坂の途中に「芭蕉句碑」があります。ここから左手に入ったところに「はだか武兵の祠」があります。駕籠かきでありながら祈祷師となった伝説をもつ人物がまつられています。坂を下ったところが「高札場跡」です。

街中を進み駅前通りを越え右に「前田青邨誕生の地」の碑があり、その先左小径に桂小五郎とその従者伊藤博文の隠れ家と言われている「やけやま跡」があります。さらにその先には「間家大正の蔵」、右手に昔の宿場の雰囲気を持つ「中津川宿 往来庭」が造られています。

四つ目川を越えれば宿場の中心本町となり、右手に「本陣跡の説明板」が立っています。向かい側が「脇本陣跡地」「中山道歴史資料館」があり、その脇に「明治天皇行在所跡」の石碑があります。その西隣には「卯建のある庄屋屋敷」が残されています。

そこから100メートル先で道は「桝形」となり、左折すると角に石の道標もあり「右木曽路 左なごや 凡二十三里」と書いてあります。周辺は古い家並み松霞堂十八屋山十家白木屋天満屋丸三間家など」が残っている一角です。

道はすぐ右折してその角には「式内恵奈山上道」の碑が立っています。桝形をでると間もなく中津川が流れ「中津川橋」があります。その橋の右100メートルの場所が広重の浮世絵「晴れの中津川」が描かれた場所と言われており「大きな柳の木」があります。

昭和初期ごろの中津町

中津町案内圖 昭和初期

当時の中津町案内

中津町案内 昭和初期.
中央線中津川駅 明治35年

明治35年 中央線中津川駅

雪の脇本陣と警察署

昔の脇本陣と警察署

 

昔の庄屋屋敷など本町

昔の庄屋屋敷など本町

本陣西通りの学問所

本陣西通りの学問所

昔の公民館と古い松.

昔の公民館と古松

昔の中橋

昔の中橋周辺

昭和初期 北恵那鉄道鉄橋と苗木城跡

昭和初期 北恵那鉄道鉄橋と苗木城跡

明治39 中津川宿景色

明治39年中津川宿景色

昔の本町中央橋周辺

昔の本町中央橋周辺

幕末ごろの中津川宿

江戸幕末ごろの中津川宿

中津川宿は、江戸から45番目の宿場町。 江戸時代の風情そのままを残したまち並みは、どこか懐かしい気持ちにしてくれます。

町並みの長さは約1.1kmで、天保14(1843)年の古文書によると、宿内人口928人、宿内戸数228戸、本陣1軒、脇本陣1軒で東美濃では一番大きな宿場町でした。

古代(奈良・平安時代)の昔より東山道の要衝にあり、江戸時代に整備された中山道の中でも賑わった宿場のひとつです。

幕末に尊王攘夷を唱えて戦った天狗党水戸浪士の墓や、桂小五郎とその従者伊藤博文の隠れ家跡が今も残り、皇女和宮はじめ多くの姫君や赤報隊相楽総三たちの宿泊、長州藩主毛利慶親らの中津川会議が行われるなど、江戸から明治へと変わる激動の幕末のカギをにぎった宿場でもありました。