阿木の地質

更新日:2022年08月02日

阿木地域では8500万~8100万年前に濃飛流紋岩の活動がはじまり,約8500万年~8000万年前に領家帯を中心に伊奈川花崗岩が濃飛流紋岩に貫入します。その後6800万~6700万年前に苗木・上松花崗岩が濃飛流紋岩に貫入して基盤岩を形成しています。

このような大規模な地殻変動後の2200万年前(新生代第三紀中新世)には長野県南部から岐阜県東農地域~三重~島根にかけて東西に延びる地域に,今の瀬戸内海に似た内海が広がっていました。阿木地域では淡水湖であったときに堆積した阿木累層(1700万年前)と内海となり海水となったときに堆積した汽水・海水の遠山累層等がみられ(氏原ほか,1992),中津川市で唯一化石も産出しています。

貝類の化石の中に八屋砥で阿木の地名がつけられた新種の貝「アギクジャクガイ」(Itoigawa,1955,安藤・糸魚川,2018)が見つかっています。

中新世後期以降では各地で陸地化と河川の発達による礫等の堆積がはじまり,現在の伊勢湾あたりには東海湖と呼ばれる淡水湖(約700万~500万年前)が誕生し,順次拡大し古木曽川による大量の土砂が堆積しています(荻野,2007)。新第三紀の末期にあたる鮮新世になると,長期間にわたり広範囲に当時の海水面近い高さまで浸食が進み(準平原化),ほぼ平坦な地形面となりました。引き続いておおよそ300万~200万年前の第四紀初期にかかる時期にその平坦面を覆って土岐砂礫層が堆積しました。

第四紀(258万年前以降)に入り,日本列島中央部の大地にかかる応力を反映して,中部地方全体で活断層群が活発に活動するようになりました。屛風山断層系の活断層群がおおよそ北東-南西方向に形成され,その南側を上昇させて山地の形成が始まりました。土岐砂礫層が活断層群の両側に分布していることから,その堆積後のことであり,北に恵那山断層,南に屏風山断層に挟まれた阿木地域では両断層の活動により,約100万年前以降(大林,2011)に現在の盆地の原型が形づくられたと考えられています。

恵那山断層崖から阿木川に供給される莫大な量の搬出岩屑累は,阿木の山野田方面の広大な崖錐状の堆積地形がつくられましたが,特に広岡字中組を中心とする一帯には,広大な崖錐状の小突起緩斜面を形成し,阿木盆地を埋め立てていきました(渡辺,1985)。

岐阜県博物館のWeb版岐阜県地質図「ジオランドぎふ」によると現在の阿木地域では伊奈川花崗岩,苗木花崗岩,土岐砂礫層,阿木累層,遠山累層等の地質をみることができます。

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引用・参考

安藤祐介・糸魚川淳二.2018.瑞浪北中学校敷地造成工事現場に露出した明世層中のCrenomytilus(エゾイガイ)密集部から産出した貝類化石.Bulletion of the Mizunami Fossil Museum 44: Special Volume p13-24.

Itoigawa,J.1955.Molluscan fauna from the Mizunami Group in the Iwamura Basin.Memoirs of the College of Science,Kyoto University,Sries B 22:127-143.

萩野義雄編.2007.第11回企画展 石に聞こう!20億年のあゆみ.中津川市鉱物博物館:p23,28

大林達夫編.2011.第15回企画展 恵那山-その地質と成り立ち.中津川市鉱物博物館:p14-16

氏原温・細山光也・斎藤穀・柴田浩治・伊奈治行・山岡雅俊・若松尚則・柴田律子・柴田博.1992.岐阜県岩村盆地の中新統の層序および古地理.瑞浪化石博物館研究報告 19:p33-55.

渡辺誠編.1985.阿曽田遺跡発掘調査報告書.中津川市教育委員会:p1-3.

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