苗木城築城500年記念講座「遠山昌利・景徳 植苗木から苗木」の様子
苗木城築城500年記念講座の様子
2026年4月17日(金曜日)に当館資料調査員 千早保之先生による苗木城築城500年記念講座 「遠山昌利・景徳 (かげやす)植苗木から苗木」を開催し大勢の方が参加されました。
苗木郷は古い中山道と飛騨街道が交差する植苗木(福岡町)にあった。戦国時代に信州から小笠原や武田が侵攻するようになり、一雲入道(昌利)は大永6(1526)年、高森山に城を移し、苗木城の歴史が始まる。500年前のことだった。
講座内容一部開示
植苗木から苗木上、恵那山
一雲入道
五〇一遠山氏系図
昌利 遠山一雲入道
大永年間苗木城を高森に移す
(注)景村以降昌利に至る世系詳ならず
504遠山家系譜
遠山一雲昌利
大永年中1本云6年(1526)自福岡村移居於高森城是築城是始也即称苗木
子は遠山左衛門尉景徳
御坂古道記 (福岡町史p419)
高山険阻の地也北は飛騨口、西は川を堰止め美濃口、東は木曽口、三方を押さえて築ける要害堅固の城なり 南方は岩村への通路木曽川を渡れば阿寺の城へ近し 城南の平地に土塁築上けたる屋敷有り 城主平居の所なりと村中に四方堀の屋敷数カ所有り何れも家老屋敷という。
元弘建武年間遠山加藤左衛門景長という人、城主たり、この景長の父一雲入道高森の城を築いて(今の苗木城なり)住し死後に景長遷って此の城には長臣を以て守たらしむ云々。
植苗木の旧名に因って城下を苗木と呼ぶ 苗木の城主は岩村の城主遠山左衛門正前弟遠山左近佐正廉(室は織田忠信女)飛騨国三木三郎左衛門と威徳寺にて合戦し帰陣すれども矢傷癒えず終に死す 因って弟友忠家を継ぐ。
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更新日:2026年04月18日