中津川市からオリンピック・パラリンピックへ!

更新日:2021年03月01日

中津川市出身のオリンピック選手がいます!

中津川市に生まれ育ち、中津川市でスポーツに出会い、世界へ羽ばたき戦ったオリンピアン・パラリンピアンの方々にインタビューしました。

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小栗和成さん

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伊藤広道さん

小栗和成さん

小栗和成さん

プロフィール

名前・出身:小栗和成さん(苗木地区出身)

競技:ウエイトリフティング

出身高:岐阜県立中津高等学校

現在:高校教諭

インタビューしました!

岐阜県立可児高等学校教諭の小栗和成(おぐりかずしげ)といいます。1965年2月28日生(55歳)で、中津川市出身苗木中学校・中津高校出身です。教員になって33年目です。理科(生物)の担当になっています。昨年度までは中津高校に勤務しておりました。2年ほど前に進路指導主事として市内企業見学などを工業振興課の方とお仕事をさせていただきました。 ウエイトリフティング競技では現在公益社団法人日本ウエイトリフティング協会の理事として、岐阜県ウエイトリフティング協会理事長として活動しています。また小中学生の普及として岐阜トレーニングクラブの活動も行っています。本県の競技力向上に向けて頑張っています。

1.ウエイトリフティングを始めたきっかけ 高校入学後すぐの体育の授業の担当がウエイトリフティング部の中田高広先生でした。先生から入部を誘われ、「インターハイ」に出場できると言われ、入部を決めました。小学校5年生から中学3年生までは野球をやっていました。また中学生の校内マラソン大会では常に5位以内に入ることができていたので、長距離に向いていると思っていましたが、瞬発系の垂直跳びが得意な方だったので、ウエイトリフティング競技は向いているスポーツだったと思います。

2.オリンピックの思い出 高校時代から教員を志望していました。国立大学の教育学部を希望していましたが、高校3年生のインターハイで優勝し、競技も続けていきたいと考え、日本大学農獣医学部農芸化学科に進学し、部活動との両立を行いました。大学時代は全日本ジュニア選手権2連覇、世界ジュニア選手権大会3回出場(10位、7位、4位)大学対抗戦(インカレ)3.4年次67.5kg級連覇、大学4年の全日本選手権大会67.5kg級2位となりました。岐阜県の採用試験(理科)に合格し、岐阜県に戻って教員を続けながらオリンピックを目指しました。恵那高校の教員2年目に全日本選手権大会60kg級に優勝し、ソウルオリンピックの60kg級代表に選出されました。 オリンピックの代表に選出された後、数多くの壮行会が行われ、オリンピックの注目の高さに驚きました。当時居住していた中津川市から初のオリンピック選手として記念テレホンカードを販売していただきました。また激励金を頂き感謝しております。 オリンピック世界大会とは別格の大会です。出場できるだけでも「オリンピアン」の称号をいただけ、7位入賞と入賞者として紹介を受ける場面も多くあります。今思うと、あの1回しか自分にはチャンスがなく、それを生かせたことは自分の人生が大きく変わったと思います。

3.オリンピック出場(目標)を達成するために意識したこと 大学時代はオリンピックに出場した60kg級ではなく1階級上の67.5kg級で出場を目指していました。オリンピックに出場するためにまず行ったことは、失敗しないフォーム作りです。当時はビデオカメラなども高価で購入できず、自分で簡単にフォーム確認ができなかったので、自分が意識していない動作をどのように行っているかを何度も考え、上手い人の動きを分析することで、自分自身のフォームを確認しました。その中で、技術的に自分ができているところとできていないところを見つけ、できないことをできるように繰り返し練習を行いました。その練習を通して、補助種目なども種目に繋がった練習を行えるようになりました。その結果スナッチの第1試技での失敗がほとんど無くなったが、本番では緊張から失敗してしまいました。 60kg級に8kgほど減量することになり、栄養面を自分で考えた。大学で栄養学を学んだこともあり、栄養バランスや減量のために体調作りを考えました。当時発売していなかったアミノ酸の販売をいろいろなメーカーに聞いたところ明治製菓さんはサプリメントの提供をしていただいた記憶があります。30年以上経つと、自分たちがやりたかったこと、動画によるフォーム撮影やアミノ酸の摂取などが現実となっていることを考えると、現在現役時代に戻れるならどの程度記録が残せるかと考えることもあります。

4.オリンピックの東京開催について 世界的に注目されるオリンピックが日本で開催されると出場関係者はとても感動すると思います。他国で行う大会では航空チケットや宿泊施設の予約をしなくても、入場チケットだけで生の競技風景を見ることができ、感動を共有することができることにワクワクしています。出場選手もすべて顔見知りの選手なので、是非メダルを獲得して笑顔を見せて欲しいと思います。

5.中津川市の思い出(好きな場所、練習場所、好きなお店) 苗木中出身で、中学時代に苗木城について苗木中代表として発表しました。6年前に中津高校に赴任してすぐに苗木城に行きました。中学時代と違って、とても整備され、案内などもわかりやすくなっていて感激しました。観光者も多く訪れていることも聞き、とてもうれしく思います。日本の山城NO.1に選ばれたときは非常にうれしかったです。 中津高校勤務時代に高校の同窓会を開催し、多くの同級生と繋がることができました。また、昔から通っていた喫茶たなかのミートスパゲティや五十番のやきそばなども毎月のように行きました。五平餅は苗木の丸市食堂、しゃぶしゃぶは駅前の青柳、寿司はすし天などにお世話になりました。あと更科でよく宴会をしました。 練習場所は中津高校の体育館1階にウエイトリフティングの練習ができる多目的室です。自分の高校時代は体育館の横に木材を並べて作った練習場で、柱にトタン屋根だけのもので、壁もなく、室外競技かと勘違いされる所でした。現在は良い環境でトレーニングができると思います。一般の方が手軽に、ウエイトリフティングを行う施設が中津川市にはないので、是非作っていただけたらと思っています。

6.市民へのメッセージ 中津川市はオリンピック事前合宿にアメリカ合衆国のレスリング代表が来ることをお聞きしています。そういった選手と繋がることで、よりオリンピックが身近に感じることができます。是非、競技会場に足を運んで、選手が活躍する場を見ていただけたらと思っています。

アルバム

大会写真(小栗さん)
サイン(小栗さん)
開会式ユニフォーム(小栗さん)
出場記録(小栗さん)
オリンピック_小栗さん競技.PNG

伊藤広道さん

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プロフィール

名前・出身:伊藤広道さん(坂本地区出身)

競技:レスリング競技

出身高:岐阜県立中津商業高等学校

現在:株式会社カミチク関東事業所

インタビューしました!

日本社会人レスリング連盟副理事長、Sports Design Lab理事等を務める。中津商業高校を卒業後、海上自衛隊に入隊、翌年(1983年)より自衛隊体育学校にて本格的にレスリングに取り組み、世界選手権・ソウル五輪(1988年)に出場する。選手引退後は指導者としてレスリング競技に携わる。2017年に自衛隊退職後は現在の株式会社カミチクにて勤務。 現役時代の主な成績としては、ソウル五輪 8位、アジア大会('86銅メダル、'90銀メダル)、世界選手権大会(6位)、アジア選手権大会('87 1位)、全日本選手権大会(6回優勝)等、優秀な成績をおさめている。

1.レスリングを始めたきっかけ 私は、小学校4年生の時に近所の人の勧めで野球(坂本少年野球団)を始めました。高校に進学後も野球をする予定で野球部に仮入部しておりましたが、毎日がグランド整備、ボール拾い、声出しで毎日ストレスを貯め、帰宅後ランニングや鉄パイプでの素振りなどをしてストレスを発散させる毎日でした。そして、1ヶ月後の野球部の監督との面接で「私は、野球部にとって必要ですか?」と聞いた時に「どちらとも言えない」と言われ野球を辞める決心をしました。(周りの方からはかなり非難を受けました)、以前よりレスリングを「やってみないかと」声を掛けて頂いた恩師(海老先生)の言葉と、実施校が少ないことから地区予選が無く、いきなり県大会と云うところにも興味を持ちました。 そして、レスリングを始めた日からストレスが溜まらない高校生活がスタートしました。

2.高校時代のレスリングの思い出 恩師との出会い、先輩、後輩そして同期、悪いことも良いことも全ていい思い出です。その中であげるならば、当時レスリングの試合は岐阜市にある高校にて行われ、当日計量の関係から試合の前日に岐阜市に入り、前泊(お寺のお堂にて宿泊)をし、試合当日の計量後に恩師が「ねのひのおにぎり」を一人5個買ってきてくれるのですが、私はそれだけでは足りず、他の副食を買っていました。その中でアンドーナツを買った時は何故か調子が良くそれ以降試合当日はおにぎりとアンドーナッツが計量後の定番でした。その後、栄養についての知識も付き、アンドーナツの効果を理解しましたが、これを機に勝つためには身体を鍛える事だけでなく、ケアー、心理、栄養等についての知識(知恵)を付ける必要性を感じるきっかけでした。

3.目標を達成する為に意識したこと 人よりも練習する事です。「一日一汗」休みの日も必ず汗流していました。また技術的には得意技の確立、そして何よりもレスリング競技を好きになる事でした。

4.オリンピックの東京開催について 各競技世界トップクラスの選手が同時期に一カ所に集う機会はオリンピック以外ではないでしょう!それが、今回自国、日本で開催されます。ほとんどのアスリートはオリンピックでの金メダルを競技人生の最高位と捉え目標にしております。何年もかけ鍛えられた肉体、そしてスキル、パフォーマンスを是非生で、もしくは映像でご覧いただきたいと思います。どの場面でも選手は全力でプレーします。その姿は、観ている方々に多くの勇気と感動を必ず与えてくれるはずです。

5.中津川市の思い出(好きな場所、練習場所、好きなお店) 今でも帰省した際に顔出すのは「五十番」です。店主の渡辺徹氏とは同級生で同じレスリング部でした。またすぐ隣にある「料理旅館玉吉家」のご主人、高木利充氏とも同級生でよく自宅に寄らせていただきました。 自宅から見る恵那山、根ノ上、笠置山は好きな風景です。また、最近では一汗かいた後に東美濃運動公園の最上段から見渡す坂本の風景、その後ろに控える御岳山に連なる山々も好きな風景です。

6.市民へのメッセージ レスリングは古代オリンピックから行われている最古のスポーツです。また、最近では幼児から壮年まで幅広い年齢層で行われております。レスリング競技は俊敏性、持久力、巧緻性、筋力、メンタル(度胸)、柔軟性など多くの要素を必要とする競技でもあり、外で遊ぶ機会の少なくなった子供達には最適な競技と思われます。現在も、中津川ジュニアレスリングクラブがあり、全国レベルで活躍する選手も在籍しております。興味のある方は、見学だけでも行かれてはいかがでしょうか!また、東京五輪レスリングアメリカ代表チームの事前合宿が東美濃ふれあいセンターで行われます。レスリングはアメリカでは人気スポーツであり、東京五輪金メダル候補が何人もいます。是非、観る機会があればご覧いただきたいと思います。

アルバム

練習(伊藤さん)
自衛隊(伊藤さん)
指導風景(伊藤さん)
伊藤さんサイン
2ショット(伊藤さん)

この記事に関するお問い合わせ先

文化スポーツ部生涯学習スポーツ課オリンピック推進室
電話番号:0573-66-1111(内線4311)
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