地域の由来・歴史

更新日:2026年03月27日

由来

「阿木」の由来については諸説あります。古くは平安時代の和名類聚抄(承平年間931-938)に恵奈郡内の六郷の一つとして「安岐(あぎ)郷」がこの地方の呼び名として登場します。

美濃国神名帳 (938-956年) には阿気(あぎ)明神がこの地方にある神社として記録されています。中津川市史では”阿木川に臨む恵奈郡府(今の役所のある場所)の上流にあるということで上(うえ)を意味する阿宜(あげ)が「あぎ」に変化したのではないかと推察しています。

御番帳等には、室町幕府に出仕していた遠山安木(岐)孫太郎(この地を支配した遠山一族)の記録があり、安木と呼ばれていた時期もあったようです。

民間伝承として、(明暦年間1653-58年頃語られたものを書き記したといわれる古文書)血洗社に関するもので、「「或る神」がこの地でお産をして非常に安心して過ごせたので、この地を安気(あぎ)と名付けた」というものもあります。

この記録は江戸時代始めの話で比較的新しいものです。「あぎ」にどの漢字をあてたかはべつとして古くから「あぎ」とよばれていたようです。

参考

  • 和名類聚抄: 源順が天皇の命により編纂した当時の百科事典のようなものです。
  •  美濃国神明帳 帳内神社:  それぞれの国々に神名帳があり諸神が登録されていた。この神名帳は延喜式神名帳より遅れて編纂されたもので、これを帳内社という。美濃国神名帳(938-960に撰修)には国内345社、阿気明神の記載がある。
  • 式内神社: 延喜式神名帳に登載され、神祈官及び国司によつて祭の行われる神社を式内神社という。神祈官の神名帳に登載されている神社には大小社の別があり、大小社は官幣と国幣とに分かれています。大社は祈年、月次、新嘗等の祭に幣帛を捧げて祭祀を行い、幣物は小社2両、錦二両。官国幣社の延喜式神名帳所載の神社は大小社3132坐内官幣大社304坐。小社433坐。国幣大社188坐、小社2207坐。
  • 御番帳:武士で室町殿に出仕勤番した際の名前の控えが御番帳である。永亨以来御番帳、文安年中御番帳、諸氏在陣衆著到帳に遠山安木孫太郎の名前があります。
  •  血洗池に関して:「巌邑府誌」には民間の俗説として「上古日神(天照大神)恵嶽に降り、其の胞衣を蔵するに因って、胞衣(エナ)と名とづくと・・中略‥又池水に産穢を洗うを名付けて血洗池という‥」と記録されています。巌邑府誌が書かれた1751年頃には「ある神」が「天照大神」になっていたようです。民間伝承の記録からおよそ100年後にあたります。17世紀中頃から18世紀中頃までには阿木地域にも天照大神信仰が庶民の間にまで広まったと考えられます。

文献

  • 中津川市史編さん委員.”第二節安岐郷”.中津川市史通史上巻.中津川市.1964,p393-p394.
  • 鈴木順一編集発行.濃州安岐村血洗神社由来記.1999,p8.
  • 岩村町教育委員会."巌邑府誌訳".岩村町史資料篇一(巌邑府誌遠山由来記) .岩村町.1978,p55.

歴史

各時代区分ごとにファイルにまとめましたので参考としてください。逐次あげていきます。

阿木地域の縄文・弥生時代(PDFファイル:660.3KB)

古墳時代(PDFファイル:570.7KB)

 

 

 

 

 

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