恵那山と田丸屋とウェストン

更新日:2023年09月21日

田丸屋の庭とウェストン

『日本アルプスの登山と探検』(1997年ウェストン著 青木枝郎訳 岩波書店)に日本アルプスの父といわれるイギリス人登山家ウォルター・ウェストンが、1893(明治26)年5月11日に日本百名山に選定されている恵那山(2191m)に登頂したことが記されています。中山道歴史資料館の西隣にある旧肥田邸(田丸屋)に宿泊し、その庭を雨の日に眺めていた感想を細かく記し、庭の素晴らしさを絶賛しています。

 

 『(前略)部屋の縁側から見る小さな庭の眺めは日本人の洗練された美意識を窺うのに 十分なものがあった。それはせいぜい20フィート(長さ6m位)四方くらいしかなかったが、自然の風景そっくり模倣した坪庭で、小さな池には一尾の鯉と色さまざまの金魚が鱗をひらめかせて泳ぎまわっているし、茂みの蔭には小さな滝が二つ、快い水音をたてて滝壺の石を濡らし、躑躅や楓、樅の植込みに見え隠れして小川も流れていた。縁側を額縁に見立てればまさに一幅の絵のような、こんな眺めと向かいあっていれば、どんな雨の日でも心がふさぐことはないだろう。巧みに均整を破ることは、それだけですでに芸術的であり、退屈感の付けいる隙が生じないのである。(略)』

エントランスとコスモス

当館エントランスに飾られた肥田邸(田丸屋)の中庭の絵とコスモス

池の想像図

ウェストン著の描写からイメージして描いた肥田邸(田丸屋)の庭

恵那山とウェストン

翌日ウェストンは、からりと晴れた天気の中を人夫とともに恵那山へ向かいました。恵那山山頂に12時45分到着と記されており、山頂からの景色については次のようだとしています。

 

『いちばん高い所に測量標があって、骨だけの木の櫓が建っていた。ここからの眺めのすばらしさはとても言葉であらわすことができない。展望の広さは近くの駒ケ岳とほぼ同じで、日本の名だたる山々がいずれも純白のケープで肩をくるんで、ずらりと目の前に並んでいる。なかでも目立つのは真東にある赤石山の美しい姿だが、その南の肩に、白雪をいただいた富士の截頭円錐形(せっとうえんすいけい)の輪郭が、雲ひとつない空にくっきりと浮かび上がっていた』

 

その後ココアを飲みながら山頂で3時間過ごし、森のはずれの一軒家に立ち寄ってタマゴザケ*(一種のエッグ・フリップ)をご馳走になり中津川に午後10時半に着いたとのことです。ウォルター・ウェストンが1888(明治21)年に宣教師として来日し、1891(明治24)年から1894(明治27)年にかけて集中的に中部山岳地帯を探検し、その紀行を1896年に『日本アルプスの登山と探検』と題してロンドンのJ・マレー社から刊行しました。その探検の中に恵那山も含まれており、田丸屋の庭の絶景や恵那山からの眺望の素晴らしさを記述しています。明治中頃の中津川の様子を垣間見ることができ、とても興味深い記述となっています。

 

*タマゴザケの作り方・・砂糖で甘みをつけた日本酒に搔き卵を加え、アルコールを飛ばしながらとろ火で煮ます。昔から体を温める効果があると言われています。

恵那山からの富士山

恵那山から見た富士山と山並みを描いた絵

町中からの恵那山

中山道歴史資料館付近から見た恵那山

中津川市中山道歴史資料館

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